9-5.「零の発見」(吉田洋一著)に寄せて
◇岩波新書のベストセラーである「零の発見」<アラビア数字の由来>の中で吉田洋一先生は次のように述べています。
『・・とくにインドにおいて零の概念の発達を見たのはなぜであるか、ということが当然問題になるのであるが、こういう種類の問題に対しては明快な答えを期待しうべくもないことは最初から明らかであろう。なかには、これを「空」というようなインドの哲学思想と結びつけて考えようとしている人もないではないが、これは、はたして、いかがなものであろうか。こういう高遠な考えかたは、ただ興味だけを中心とした見地からは、捨てがたい味があるにしても、とうてい問題の本質に多くの光を投げえないのではないか、と思われるのである。』(
再改訂版p24)
◇そして、ご自身はインドにおける名数法の特徴すなわち一桁上がるごとに新たな数名詞を用いることと、ゼロの発見との間に因果関係を見いだそうとする技術的方面からの所説を
Smith and Karpinskiより引用するに留まっています。
◇「零の発見を空思想と結びつけて考えている人」というのは、たぶん京都大学出身の数学者岡潔先生あるいはその共鳴者たちを指していたと思われます。
◇吉田先生は後年「歳月」というエッセイ集の中の「零とナンセンス」で『零について神秘的な、あるいは宗教的な意味をこじつけて、長々とした思弁を展開した手紙をよこし、わたしの賛同を求める読者がいまだに後を絶たない』ので「零の発見」の『書きかたが悪かったかな』と反省されています。
◇残念ながら吉田先生は数学教育者という領域を出ようとはしなかったのです。しかし、私は岡潔先生の方が問題の本質を真につかんでおられたのだと確信しています。
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