はじめに「ねずみの嫁入り」のあらすじをご紹介しましょう。
『昔々、ある米倉の中で、ねずみのチュー子が、 そろそろ結婚したいので、お父さんお母さんに相談しました。
すると世界で一番えらい方を婿(むこ)に取りなさいと言われました。 そこで、チュー子は考えました。やはりお日様が一番えらいのではないかと。
でもお日様は言いました。確かにそうかもしれないけれど、雲さんが出てきたら私は隠されてしまうから、
雲さんの方がえらいよ。そこで、雲さんに聞きに行きます。でも雲さんは言いました。確かにそうかもしれないけれど、
風が出てきたら吹き飛ばされてしまうから、風さんの方がえらいと。そこで、風に聞きに行きます。でも風さんは言いました。
壁があったら止められてしまうから、壁さんの方がえらいと。こうして、チュー子のお婿さん探しはまさに壁にぶつかってしまうのです。しかし、あきらめないで米倉の壁に聞きに行くと、壁さんは言いました。確かにそうかもしれないけれど、わたしの足元をかじって穴をあけてしまう
ネズミがいる。チュー太郎という名前で、彼が一番偉いと思うよ。そこで、チュー子は決心するのです。そうだ幼なじみのチュー太郎が居たではないか、自分にとってかけがえのないチュー太郎をお婿さんにしよう!』
(現代風な解釈をしています)
思考道:初級コース <もくじ>
1.幼稚園の劇あそびで評判の良い出し物は何でしょうか?
2.No. 1よりOnly1が大切なことを昔話は教えてくれていた!
3.インドにも同じ昔話があるというのは本当か?
4.相手を傷つけないように断わる方法はコミュニケーションの極意だ!
5.くり返しが面白い。でも四回も出てくるのはビックリ!
6.大筋は変わらないが、時代によって細かな変化はどうして生まれたのか?
7.よく分かり、面白いとはどういうことなのか?
8.知りたいことがすべて入っている物語は誰をもキットとりこにする!
9.絵本で見て、童話で読んで、劇で演じてみよう!
付録 シナリオ「ねずみの嫁入り」
<本文>
1.幼稚園の劇あそびで評判の出し物は何でしょうか?
「赤ずきん」「桃太郎」「北風と太陽」「三匹の子ぶた」「白雪姫」それに「ねずみの嫁入り」など皆さんも良くご存知の名作や昔話でしょう。これらは幼稚園でも劇あそびに多く登場します。その中でも特に評判なのは「ねずみの嫁入り」です。
それは、登場人物?も多く、ねずみといった身近にいる可愛らしい動物の結婚がテーマになっているからでしょう。
また、小学校に入ってからの催し物である学芸会においても、その低学年の演劇会用には「ねずみの嫁入り」は適していると思われます。
見る人、読む人に合わせて、幼稚園児用、小学生低学年用、そして大人用にとシナリオを書き直して見ると面白いでしょう。構成がしっかりしていて内容も深いのでそれぞれに耐え得るのだと思われます。
2.No.1よりOnly1が大切なことを昔話は教えてくれていた!
「ねずみの嫁入り」のメッセージは何だったのでしょうか?色々あると思いますが、私はナンバーワンよりオンリーワンを選択する大切さであると思います。「世界で一つだけの花」(槇原敬之作曲、SMAP歌)が21世紀に合わせて大ヒットしていますが、その心と同じくNO.1よりOnly1をというメッセージが既に日本の昔話にあるのです。
お婿さんにするのに「世界で一番えらい方を探す」という発想から始まるのですが、最後には「自分にとってかけがえのないパートナーを選択する」という結末となる物語なのです。
後半で主人公のチュー子は結婚問題のまさに「壁」にぶつかってしまいます。普通でしたら、それであきらめてしまうのでしょうが、その壁に対してもチュー子はあきらめずにプロポーズして行くのです。そして、それだからこそブレークスルー(壁を突破)することができたのです。
その中で発想の転換が起きて、NO.1よりOnly1の選択がなされる訳です。考えてみるとねずみはいつも壁に穴を開けて通り道を作って餌を見つけている訳ですから、元々ブレークスルーの名人といえるのでした。
3.インドにも同じ昔話があるというのは本当か?
ねずみの嫁入りと同じお話がインドの昔話として伝わっているそうです。似ているとうレベルではなくインドから日本へもたらされたものと思われます。伝来のルートが「陸のシルクロード」であれば中国に同様の話があっても当然なのですが、どうも見当たらないのです。それはどういう訳なのでしょうか?
日本語のルーツの一つを南インドのタミル語に見る説を大野晋先生は述べておられます。そのタミル語は稲作の文化と共に「海のシルクロード」を伝わって朝鮮・日本に伝来したと見ることができるのです。特にお米の好きなねずみも同時に船の船倉に入り込んで日本に渡ってきているのでしょう。
従って、稲作とねずみとインドが結びついて、ねずみの嫁入りの昔話は「海のシルクロード」を伝わってインドから海路を通じて日本へ紀元前3世紀以前に到来していたと考えて良いのです。
4.相手を傷つけないように断る方法はコミュニケーションの極意だ!
チュー子からプロポーズされたお日様がどのように答えたかは大変注目されるポイントです。「世界で一番偉い方といわれると、確かにそうかもしれないけれど、しかし、雲が出てきたらお日様は隠されてしまうから雲のほうが偉いと思うよ」という言い方をしているのです。これは「イエス・アンド・バット」とう受け応え方です。
はじめは相手の言うことを肯定的に受け入れて、次に、しかし良く考えてみるとそうではないでしょうと否定するYes&Butの手法です。このようにすれば、はじめから否定しないので、相手を傷つけないで済むのです。それがねずみの嫁入りでは4回も繰り返されているのですから面白いですね。
コミュニケーションの極意といえる内容がこんな昔話にも込められていたのです。昔話には楽しみだけではなく教育的な要素があるものです。それは子供向けだけではなく大人向けにも同じです。今の私たちにもためになることは大いに活用したいものです。
5.くり返しが面白い。でも四回も出てくるのはビックリ!
ねずみの嫁入りには繰り返しの場面が出てきます。太陽にプロポーズをしてダメで、雲さんにプロポーズしてダメで、風さんにプロポーズしてダメで、そして最後は壁さんにプロポーズしてもダメでした。
脳の記憶メカニズムにとっては、くり返しがあると忘れられなくなる効果があるのです。
昔話にはこのようなくり返しが良く出てきます。例えば、「桃太郎」ではオニ退治に行く桃太郎にサル・イヌ・キジが出てきて、例のごとく「お越しに付けた吉備だんご、一つ私に下さいな。。。付いてくるなら上げましょう。」のくりかえしが入ります。ここでは三回のくりかえしです。
ねずみの嫁入りのくりかえしは四回も出てくるのですが、決して飽きることはありませんし、次にはどんな断り方をするのだろうかと考えようとしています。幼稚園では『確かにそうかもしれないけれど、しかし』と園児たちの方が途中から合唱よろしく分け入ってくるそうです。
6.大筋は変わらないが、時代によって細かな変化はどうして生まれたのか?
ねずみの嫁入りの話の中で、時代によって細かな変化が見られるのは婿探しに行く主人公は誰なのかという点でしょう。先ずお父さんが一人で行くケース。お父さんとお母さんが二人で行くケース。それに娘のチュー子も付いて3人で行くケース。更にチュー子が一人で行くケース。の4つのケースがあるようです。
どれが正統・正解というのではなく、時代や地域によって使い分けられてきたのではないでしょうか? より封建的な場合はお父さんが一人で行くケースになるでしょうし、より現代的なのはチュー子が一人で行くケースになるでしょう。自由に使い分けてきたのです。
もう一つは、チュー子がはじめはチュー太郎に決めようとしていたのに、親に反対されて、世界一を探しに遠回りした結果、やはりチュー太郎に戻ってきたということを強調するかしないかの点です。
親の反対というよくあるケースを一般化しないために、ここを避けて通るのが現代的解釈になるのかもしれません。いずれにしても、その時代、その場所の文化に合わせて、変化させて語り継がれるのが昔話の運命であると思います。またそこにこそ昔話の面白さや創造性があるのでしょう。
7.よく分かり、面白いとはどういうことなのか?
さて「なぜねずみの嫁入り」が面白いかのメインテーマに対する答えを探して来ましたが、いよいよ本題に迫ります。
私たちはお父さんとお母さんが結婚したから生まれてきています。結婚は男性も女性も人類永遠のテーマでしょう。お金持ちになれるか、社長になれるかなどは実現に個人差があるでしょうが、普通の場合なら結婚は希望すればほぼ叶えられる一番身近なテーマです。また、周囲の人たちを含めて皆に祝福されます。
身近という点では人間様を扱うより、ねずみという小動物が登場するほうが可愛らしいですし、ねずみ算式の子だくさんのイメージがあるので豊かさにも通じます。またディズニーのミッキーマウスもピカチューもパソコンに使うマウスも可愛らしいですね。
身近で、豊かで、可愛らしくて、しかも結婚がテーマなのですから面白くないほうが不思議でしょう。それにもう一つ加えたいことがあります。ねずみの嫁入りの話には嫌われ役や悪役が一切出てこないのです。これは大いに注目に値します。普通は嫌われ役や悪役が出てきたほうが物語的には面白いと思われるでしょうが、それが無いのです。それでも、いや、それだからこそ貴重な例として「ねずみの嫁入り」は教育上の観点からも好かれているのでしょう。
8.知りたいことがすべて入っている物語は誰をもキットとりこにする!
いつ、どこで、だれが、なにを、どうした、それはなぜかといういわゆる5W1Hで考える習慣は皆さんも付いているはずです。ニュース・報道記事・報告などではその要素をとりあえず知らせてくれます。しかし、それだけで私たちの知りたいことの全てでしょうか?
「ねずみの嫁入り」で結婚についてチュー子はお父さんとお母さんに相談しますが、これはチュー子にとっては父母を味方につけているのです。したがって誰のもの(WHOSE)と関係します。
はじめにプロポーズした太陽そして雲・風・壁たちは、チュー子が誰に向かって説得したかということですから誰に(WHOM)に相当します。
そして、最後にチュー太郎を選択して(WHICH)彼と結婚するのです。
このように考えると、今までの5W1Hに三つのW(which,whose,whom)を加えた8W1HがいわゆるWhat疑問詞文のオールキャストとなります。
「ねずみの嫁入り」はオールキャストの疑問に対して全て答えていることが分かります。一部分を取り上げて対応しているのではなく全体に対応しているのです。知りたいことがすべて入っている物語は誰をもキットとりこにするのです。それは人間の心理でもありますし、思考的にも安心できるからです。
情報があふれている現代の世の中にあって大切なことは、情報におぼれることなく、その中から必要なものを集めて、組み合わせて、自分にとって最適なストーリーを作ることなのです。それが「自ら考える力」を身につけることに繋がります。
8W1Hすなわち9つで考える習慣を先ずはこの昔話の「ねずみの嫁入り」をきっかけにして皆さんも身に付けてください。そうすれば、全てのことがヨカ(good)と成るでしょう。
9.絵本で見て、童話で読んで、劇で演じてみよう!
「ねずみの嫁入り」あるいは「ねずみのよめいり」をタイトルにした絵本は単独の本では手に入るものは少ないようです。しかし、絵本雑誌や全集にしたものの中では多く目に入りますので、一度は見てください。幼児にはお母さんや保母さんが読んで聞かせてください。
童話の形で一人読書をする場合には、大きな声を出して読みましょう。声を出して読むと自分の耳からも音が入ってくるので記憶にも理解にも良い効果があります。それに日本語のリズムが体感できます。
幼稚園や小学校低学年ではグループ活動が可能なので、役柄を決めて、劇あそびをしましょう。お面やおかぶりを制作し、できたら台詞も子供たちに考えてもらいましょう。もしも時間が無ければ、放送劇でも良いでしょう。ナレーションも入れると舞台劇よりもイメージを膨らませることができるかもしれません。
このように「ねずみの嫁入り」は大変面白いお話です。そして、わたしたちに多くのメッセージを与えてくれています。ですから幼児教育から社会人教育に至るまで幅広く活用して「楽しく、面白く、よく分かる」創造的な教育・研修に役に立つと思います。
*下記の劇あそび用のシナリオをご参考にしてください。
登場者:9名 作:千々松 健
<ナレーター
「むかしむかし、その昔、あるところに米倉がありました。こぼれたお米を食べて、ねずみたちは豊かに暮らしておりました。そこにチュー子というねずみがいました。年ごろなのですが、はたして嫁入りはうまくいくのでしょうか?」
<チュー子
「ねずみのチュー子です。私そろそろ結婚したいんです。でも、どうしたらいいんでしょう? 。。。そうだ、お父さんとお母さんに相談してみよう。」
<お父さんねずみ
「そうだな、チュー子もそろそろ年ごろになったので、よいお婿さんを探さないといけないね」
<お母さんねずみ
「だったら、世界で一番えらい方を婿に取ることにしなさい。私たちも応援するから」
<ナレーター
「そこで、チュー子は考えました。世界で一番えらい方は誰だろう? いろいろ考えた末に。。。やはりお日様が一番えらいのではないかと思い当たりました。そこで、チュー子は、次の日、お日様に会いに行きました。」
<チュー子
「お日様は世界で一番えらい方と思いますので、どうかわたしのお婿さんになってくださいませんか?」
<お日様
「わたしが世界で一番えらいというのですね、ウーン、確かにそうかもしれない。しかし、雲さんが出てきたら日は陰ってしまうからから、雲さんの方がえらいと思うよ。」
<ナレーター
「そういわれると確かにそうかも知れない。チュー子は気を取り直して今度は雲さんに会いに行きました。」
<チュー子
「雲さんは世界で一番えらい方と思いますので、わたしのお婿さんになってくださいませんか?」
<雲さん
「確かにそうかもしれないけれど、風が出てきたら吹き飛ばされてしまうから、風さんの方がえらいと思うよ。」
<ナレーター
「そういわれると確かにそうかも知れない。チュー子は気を取り直して今度は風さんに会いに行きました。」
<チュー子
「風さんは世界で一番えらい方と思いますので、わたしのお婿さんになってくださいませんか?」
<風さん
「確かにそうかもしれないけれど、壁があったら風は止められてしまうから、壁さんの方がえらいと思うよ。」
<ナレーター
「こうして、チュー子の結婚相手探しは、まさに壁にぶつかってしまうのです。しかし、チュー子はあきらめません。米倉の壁に聞きに行くことにしました。」
<チュー子
「壁さんは世界で一番えらい方と思いますので、わたしのお婿さんになってくださいませんか?」
<壁さん
「世界で一番えらい方と言われると確かにそうかもしれないけれど、毎晩わたしの足元をかじって穴をあけてしまうネズミがいる。チュー太郎という名前らしい、彼の方が偉いと思うよ。」
<チュー太郎
「誰か僕のことを呼んだかい。」
<チュー子
「エー、そのチュー太郎って、私の幼なじみなんです。」
<ナレーター
「ねずみのチュー子はその時、はっと気がついたのです。世界のナンバーワンではなく、オンリーワンが大切なことに。そして、自分にとってかけがえのないチュー太郎をお婿さんにしようと決心するのです。」
<お父さん、お母さんねずみ
「チュー太郎君、どうかうちの娘のチュー子のお婿さんになってください。」
<ナレーター
「こうしてチュー子とチュー太郎は、はにかみながら『チュー』をして結婚にゴールインしたという、めでたしめでたしのお話です。これでおしまい。」
<完>