◆鎌倉という地名の由来
秋田の冬の風物詩である「かまくら」は竈蔵(カマド)または神座(カミクラ)から由来したと言うのは定説のようです。
◆それに対して、鎌倉の方は鎌倉の独特な地形から由来していると考えられています。先ずは南側の海岸線を観察すると、中央の滑川(なめりがわ)を挟んで東が材木座海岸、西が由比ガ浜が対称的に湾曲している。その海岸線はまるで鎌の刃のように見える
ビューポイントは国道134号線を逗子の方から来て小坪トンネルを抜けたあたり、又は極楽寺の切通しにある紫陽花が有名な成就寺の階段からの海の眺めがおすすめ。
◆次に陸の方を見ると、三つの方角がびっしりと山に囲まれており、天然の城塞都市として源頼朝がここに幕府を構えたのがよく理解できる。山の主稜線を繋げるとまるで甕(カメ)か竈(カマド)のようである。この山の主稜線から多数の小稜線が市内に伸びていて、谷戸(ヤト)を形成している。扇ヶ谷、佐助ヶ谷など66も谷戸があるといわれている。これらの谷も一つ一つが小さい甕(カメ)か竈(カマド)のようである。
海岸はカマ、陸地はカメやカマドがたくさん見られるので「鎌」の方は分かり易い。

◆さて、「倉」に付いては「鎌倉の地名由来辞典」から智慧を拝借するとクラ(倉・蔵)は「谷を意味する古語」であるという。そして、そこにはカマ(鎌)についても えぐったような崖地・崩壊的侵食谷という簡単な解説があり、なんと地形の特徴そのものから名づけられていたことが判明する。
◆そもそも鎌倉から三浦半島一帯は海底が持ち上がって陸地となっている地形なので、波によって出来た崩壊的侵食谷が多く見られ、私の産まれた所も扇ヶ谷(オオギガヤツ)という谷戸の一番奥にあたる海蔵寺の裏なのですが、人工的な岩壁と侵食されて自然に出来た岩壁の両方が見られ、どちらにも「やぐら」と呼ばれる鎌倉時代に鎌倉周辺にしか掘られなかった特徴のある墓が見られました。

★ 2013年4月28日に以下の新解釈を追加
鎌倉をカマクラの言霊(ことだま)に戻って考えてみました。
そのヒントは、信州の「上高地」の由来にありました。カミイコウチからカミコウチになったコトを知りました。“神様が憩うところ”何と素敵な命名の仕方でしょう。それを漢字にした時に「上高地」に変容したわけです。
そこで、鎌倉を改めて考えてみた訳です。
カマクラ・・・カ・マ・ク・ラ・・・、カ=神、マ=間、関係、ク=来る、ラ=螺旋
そして、秋田の風物詩の「かまくら」=カミクラ(神座)を再び思い起こしましょう。
そこではカマはカミでした。雪をドーム様に固めて、半円の出入り口を掘って、正面奥に神座を置くという造形からは、三重の螺旋がイメージされるのです。“天の神様が螺旋を描いて地に降りて来て、人間世界に居て下さる”そのイノチの仕組に感謝する。そのようなコトがカマクラの意味だったと考えて良さそうです。
一方、鎌倉八幡宮には三ノ鳥居、二ノ鳥居、1ノ鳥居がありますから、同様に三重の螺旋でもって神様が出たり、入ったりするというイメージが浮かぶのです。
また、カ+マクラと分ければ「カミマクラ」となり、神様の枕となるので神座(カミクラ)の意味により近くなるのです。
要するに鎌倉という地名の由来は、「神様が暮らす」という「カマクラ」が元々の意味であって、漢字が入ってから「鎌倉」に変容したと考えるべくでしょう。
 千々松 健