紙の歴史と0の歴史を辿ると不思議な関係が見出されます。
先ず、紙は紀元前2世紀頃に中国黄河流域で使用され始めて、紀元後105年に後漢の蔡倫がその製紙法を集大成したとされています。
そして、751年、唐の高仙芝がタラス河畔でイスラム軍に大敗し、唐軍の捕虜の中に製紙法の技術者がいたため、製紙法(漉く技術)がイスラム圏に伝わることになります。
そして中央アジアのサマルカンドに製紙工場が757年につくられ、やがて世界の十字路と呼ばれたバクダッドに製紙工場が795年に設立されることになります。
一方、現在わたしたちが使用している概念のゼロ(0)はインドで生まれて、10進記数法が773年にバクダッドに伝わっています。
左の年表をよく見ると、その後の紙とアラビア数字(元祖はインド数字)の西洋への伝播はほぼ重なっています。ですから紙の普及と筆算の普及との間には相関関係があることが見てとれます。
すなわち、紙とゼロはバクダッドで出会い、そこからは共に連れ添って歩んだと思われるのです。道筋はイスラム圏のモロッコからイベリア半島へ、シチリアからイタリアへと伝播、ピサに住むフィボナッチが1202年にフィボナッチ数を発表しているが、ゼロを伴う10進記数法を使用している。
そして、1320年にドイツのマインツに製紙工場が設立されていますが、そのマインツでグーテンベルクは活版印刷術を発明しているのは興味深いことです。
Algebra(代数学)、Algorism(アラビア数字算法)、Alkali(苛性ソーダ=アルカリ)などアラビア語から生まれた多くの科学技術に関する言葉が西洋に伝わっています。
西欧のルネッサンスやその後の近代化にギリシア・ローマ文明のみならず、アラビアすなわちイスラム文明が果たした役割を、私たちは決して忘れてはならないと思います。そして更に中国で生まれた紙とインドで生まれたゼロも、その意義は大きいと言わねばなりません。
